バナナムーンを数年間聴いていました。
最初は楽しく聴けていたのですが、
当たり外れを強く感じるようになっていました。
これは後々思ったのですが、やはりバナナマンのお二人ってすごく忙しいんですよね。
なので、トークを練る余裕がそうないんだと思います。
そうするとやはりラジオは企画を増やさざるを得なくなる。
これは致し方ないことですし、
別に責めるべきことではないと思います。
そんな状況でもラジオをやり続けてくださることは、
むしろファン思いの素晴らしいことだと思います。
しかし私個人としてはちょっと物足りなさを感じるようになっていました。
そんな時に出会ったのがおぎやはぎのメガネびいきでした。
もともとゴッドタンはよく見ていたので、
おぎやはぎは好きでしたので、割とすんなり聴けました。
バナナマンよりも内輪感が少し少なめだったのも
聞きやすいと感じた理由の一つだったと思います。
ゆるーっとした会話の中にも、
結構お二人の哲学を感じる会話が多いのが特徴ですかね。
とはいえゲスト回からはまっていた気がしますね!
メガネびいきはゲストが豪華なので、そう言ったところも
入り込みやすかった感じがします。
↑で昔メガネびいきを担当していた福田展大さんが、
放送しながら週刊誌を見ながら話すし、
それでいて面白いっていうんだから天才ですよね。
だからゆる〜っと聴けるんですが、
こちらも当たり外れが大きい。笑
ただやはりトーク割合が少ないのは少し残念でした。
企画はほぼどうでもいいと思っている口なんですが、
これはこれで邪道なんですかね。。
皆さんはどうなんでしょうか。
メガネびいきもやはりトークがあまり多くないので、
徐々に飽きていってしまった感じがありました。
たまに聞きたいなと思うんですが、
前後の繋がりとかわからないと、
やっぱり面白さ半減しますから、
この辺が新しいラジオを聴くときの難点です。
そしてこの辺りに来ると、僕はだいぶ確信をしてきていました。
それはラジオに対して求めているものが、
笑いというよりも、熱量だということにです。
もちろん笑いたいのですが、
出来上がった話を聞きたいとか、
とにかく面白い話を聞きたいのではなく、
その人の思いの乗った話を聞きたいんだなと。
ラジオに限らず、周りの人との会話とかでも実はそうなんです。
例えば友人と飲んだ時に「すごい面白かったな」って思う会が
どんな様子だったかって話なんです。
大概そんな時って誰かが本気で熱量高く話をしていた時だと思うんです。
そしてそれに呼応する形で、
他の人や自分も熱く語ったりする。
思い返すと実は飲み会における神回も、
そんな熱量の高さに起因しているっぽいんですよね。
おそらくラジオもそうなんです。
もちろんここに関しては賛否あると思うのですが、
私に関してはそんな熱量の高さにぶつかる時こそが、
ラジオの醍醐味だと思っています。
ちょっと感情の波が少なくなる程度に落ち着いてしまっているというか、
大人すぎるんですよね笑
私自身の年齢も大きく関係しているかもしれませんが、
もっと悩んで、もっと苦悩していて欲しいのかもしれません。
別に人の苦労を求めているわけではないですよ笑
僕が生きづらいからそれを投影する何かをラジオに求めていたのかもしれないっていう話なんです。
そんなこんなで僕はオードリーの若林さんという存在に出会うことになります。