ラジオびいき

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人は各々の『普通』を持っていて、それを社会という共通項で自分をねじらせ適応しそれが『普通』だという人に、自分の純粋な気持ちや行動を『普通じゃない』と否定されることへの葛藤【星野源/オードリー若林正恭】




人は各々の『普通』を持っていて、それを社会という共通項で自分をねじらせ適応しそれが『普通』だという人に、自分の純粋な気持ちや行動を『普通じゃない』と否定されることへの葛藤【星野源/オードリー若林正恭

このトークには非常に感銘を受けてしまい何度も聞きました。

 

僕自身もなぜ彼らにここまで引き付けられるのだろうとずっと考えてきましたが、

ここで一つわかったことがあります。

 

彼らは自分がただ純粋に思ったことをしてきた。

だけど、その過程でいろんな人から否定にあってきたのです。

そして社会とは違う答えを出す彼らに対して、否定をする人は

「あなたは普通じゃない」とか「間違っている」なんていう

言葉を浴びせてきたのでしょう。

 

このエピソード自体だけで非常に興味深いのですが、

なぜ僕は彼らのような本物が歩んできた道に共感し、

「興味深い」や「面白い」という感情を抱いたのでしょうか?

 

そもそも私は彼らのように明確に自分の意思で生きてきていません。

なんとなく親や学校に言われることに流されて生きてきました。

そこに疑問を明確に持つことも少なかったし、

何か行動に起こしてきたわけでもありません。

 

しかし、小さい頃からなんとなく生きていくことに虚無感がありました。

これはなんとも言えない感情なのですが、

なんかずっと無意味なことの繰り返しのような感覚です。

 

これをなぜ抱えて生きてきたのかずっと考えてきました。

でも答えが見つからなかったのですが、今回のトークを聞いていて、

一つの気づきをえました。

 

みんなが楽しいと思うこと、

みんなが正しいとしていることを

なんとなく楽しみきれない、正しいと思えない自分というのがどこかにいて、

でも社会に迎合している自分だからこそ、

それを楽しいとか正しいと思おうとしていた。

 

そんな状態だからやり場の見つからない感情がきっと、

虚無のようなところに向かったのではないか。

 

逆にそんな発信地は同じでも、

自分というものをちゃんと持っていて、

明確な意思表示や行動をしてきたお二人は、

今自分の道を見つけているのではないかと強く感じました。

 

つまり、本来共感なんておこがましい話ですが、

感情の発信源が自分と同じだから私はこのトーク

共感し面白いと感じたのだと思います。

 

ということは、最終的なアウトプットは違えど、

感情の発信源が似ているものを私は面白いと感じるのでしょう。

そしてそんなものを見ていきたいし、

そんなものを世の中においていきたいなと思います。

 

そう言えば若林さんのエッセイにハマった時期もそんな感覚が根っこに

あった気がします。

 

自分や自分のアウトプットはまだまだ信用しきれていないけど、

それでも自分は自分でちゃんと考えたい。

だから単純に迎合したくない。

 

そんな感情の発信源をいたるところから感じていたのかな?

そう考えると好きな芸人さんとか人ってそういう人が多かったな。

 

「感情の発信源」って言葉が抽象的で分解しきれていない感があるので、

もう少しここは掘り下げていきたいですね。

 

 

 

 

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テレビではただ愉快な芸人さんもラジオでは本音に近い言葉を教えてくれます。
人生の大切なことは結構ラジオが教えてくれることが多い気がします。


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